喘息と思ったら気胸だった!(その1)即日入院、即日内視鏡手術!3日後に退院しました!【月経随伴性気胸】 

こんにちは!こんばんは!

かっぽです。

 

昨年、私が発症した、

 

「成人喘息」

 

 

今年は去年の薬が残っていて、

それを飲んでいるお陰なのか、

いまのところ喘息症状はなくて大丈夫ですが、

 

・・・とは言え、

喉の奥になんとな~く「違和感」を感じているので

楽観視はできません。

 

 

喉と肺の中間あたりが「重苦しい」感じ。

 

 

もしかしたら、

今年も喘息を発症しているのかも。

(薬で抑えられてるだけ?)って感じです。

 

 

 

実は昨年、

(もしかしたら喘息?)

と思った時、

その一方で、もう一つの病気を疑いました。

 

 

 

それは、

「気胸(ききょう)」

です。

 

 

 

実は9年前に、私は「気胸」を患いました。

 

 

その時も最初は、

(あれっ?喘息かな?)

と思ったのですが、何と!

 

「肺に穴が開いていて、

右肺が半分つぶれていた。」

 

という、大変な状況だったのです。

 

 

今日はその時のお話です。

 

 

 

 

 喘息だと思ったら気胸だった。

 

 

9年前の、3月の朝のことでした。

 

 

ゴミ出しをして、

3階まで階段を上って自宅に戻ったら、

ゼーゼー息苦しくて、

台所でしゃがみ込んでしまいました。

 

 

その日はちょうど用があって、

休暇を取っていました。

 

そこで、

地元の個人病院へ行くことにしました。

 

 

これが幸いしました!!!

 

実に運命的です。

 

 

もし、

たまたまこの日に休暇を取っていなければ、

私は苦しくても無理をして、

職場に出勤していたこと間違いナシです。

 

 

そして、仕事中に苦しくても、

無理をして仕事を続けて、

下手すると、取り返しのつかないことに

なっていたかも知れません。

 

 

 

さて、

 

病院へ行くと、お医者さまは予想通り、

「喘息かな~。」

って、おっしゃっていました。

 

 

「でも念のため、レントゲンを取ってみよう。」

 

先生の、その用心深さも幸いしました!

 

「念のため」に撮影してなかったら、

大変なことになっていました。

 

 

画像を見た先生は突然、

“ただ事じゃない”といった表情を見せながら、

私にこう聞いたのです。

 

 

「ここまで何で来たの?」

 

「?」

 

先生の質問の意図が、全く見えない・・・(´・ω・`)

 

 

「車です。」

 

「自分で運転して?」

 

「はい。」

 

「苦しくないの?」

 

「まあ、動くと苦しいですけど、

座っていれば平気です。」

 

「・・・!」

 

 

 

そして、

 

次に先生が発した言葉に、

神経が太い私も、さすがにビビりました!

 

 

「あのね。右側の肺が、

半分の大きさしかないんだよ。」

 

「は?」

 

 

先生はペンでレントゲン画像を指しながら、

説明を始めました。

 

 

「右側の肺が、半分つぶれちゃってるんだよ。

苦しくないの?

普通なら、苦しくてのたうちまわってるよ。」

 

 

「はい(肺)ーーーっ!?」

(↑すんません。実際にはこんなダジャレは

発していません。 笑)

 

 

 

そして、「気胸」だと診断されました。

 

 

 

「気胸」というのはどういうものか、

ドラマなどで何度か見たことがあるので、

多少は分かっていました。

 

 

「医龍」でもやっていましたし。

 

 

 

まあ要するに、

 

「肺に穴が開いて、

穴から空気が漏れてしまうため、

肺呼吸ができなくなる。」

 

というものです。

 

 

肺を風船に例えれば分かりやすいですよね。

 

風船に穴が開いてたら、空気が抜けてつぶれてきます。

(ゴム製の風船だと、すぐに破裂しちゃうかも知れませんが)

 

そして、空気を入れても穴が開いているので、

空気を入れるそばから抜けてしまいます。

 

そんな感じでしょうか。

 

 

 

 

余談ですが、

 

昨年、喘息を発症した際も、

この病院で診断してもらったのですが、

その際もやはり、レントゲン撮影されました。

 

 

先生は、

 

「喘息だと思うけど、

気胸の再発だと怖いから、

念のために撮影した。」

 

とおっしゃっていました。

 

気胸と喘息って、

一見、症状が似てるんですかね?

 

 

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話を戻しますと、

 

先生はソッコーで紹介状を書いてくれて、

レントゲン画像も持たされて、

私は紹介された大病院へ向かうことになりました。

 

 

車で。(ダメでしょ。)

 

 

先生からは、

「タクシーで行きなさい。」

と言われましたが、貧乏な母子家庭の私。

 

そんな金はもったいないとケチって、

自分で運転して大病院へ向かいました。

(そこから車で5分ちょっとの距離でしたし)

 

 

 

 冷たい態度が一転してVIP待遇に?

 

 

紹介されて向かった大病院では、

その日の午前中は、

「呼吸器科は休診」だと言われました。

 

紹介状と画像を持ってきたことを伝えたのですが、

 

「午後に出直してきて下さい。」

と、看護師さんは少し冷たい態度。

 

 

 

私ものん気に、

(じっとしていれば苦しくないし、

また午後から来るか・・・。)

なぁ~んて、自宅へ戻ろうとしました。

 

ところが!

 

再度、廊下に登場した看護師さんに

呼び止められました。

 

 

「先生から、一応、

紹介状と画像を預かるようにと言われました。」

 

そこで、紹介状と画像を預けると、

看護師さんは、一旦奥に引っ込みました。

 

そして今度は、

顔面蒼白になって再登場したのです。

 

 

「せ、先生がすぐ診て下さるそうなので、

ちょっとお待ちください。」

 

そう言いながら、バタバタと廊下を走って行き、

な、なんと!

「車椅子」押しながら、戻ってきたのです!

 

 

「この車椅子にお掛け下さい。」

 

「えー?大丈夫ですよ。歩けますから。」

 

「歩いちゃダメです。座って下さい。

私が押しますから。」

 

 

その後は院内全てを、

看護師さんが車椅子を押して移動できるという、

 

「VIP待遇」

でした(笑)

 

いえ、

「重病人」扱いというほうが正解でしょうか?

 

 

 

 命にかかわる時は、救急車で行くべき?

 

 

次女が小さい頃、重度の喘息持ちで、

よく夜間の救急外来へ駆け込んだものですが、

その時に看護師さんに言われたことがあります。

 

「できれば救急車で来てください。」

と。

 

 

次女は命の危険性があるほど、

重い喘息の発作を起こすことが多く、

 

しかも喘息って、

夜に発作を起こすことが多かったので、

「夜間の救急外来」の常連でした。

 

 

でも救急外来って、

「救急車」で搬送されてきた人のほうが優先

されちゃうんです。

 

 

その中には、

「足を骨折した程度」

(・・・って言っちゃー失礼ですが)

で、ピンピンしている人が、

 

救急車で来たというだけで、

救急外来では優先的に診察してもらえるのです。

 

 

こっちは呼吸ができなくて、

チアノーゼが出始めているのに・・・。

 

 

 

気胸の時も最初、

「出直してきて下さい。」

と言われたことで、

(救急車で来れば、扱いも違っていたのかな・・・)

と、次女の喘息の時のことを

思い出しました。

 

 

でもまあ、

自分で車を運転してくるぐらい元気はあったので、

「救急車」って感じでもありませんでしたが(;^ω^)

 

 

 

 この病院では手術できる医師がいません。

 

この病院のお医者さまも、

私が平気そうな顔をしているので、

「苦しくないんですか?」

と、不思議そうな顔をしていました。

 

 

「既に片方の肺(右肺)が

ほとんどつぶれてきているので、

大変危険な状態だ」

 

・・・らしいです。

 

私って、痛みに鈍いんでしょうか?(笑)

 

 

 

で。

 

この病院で手術してもらえるかと思ったのですが、

 

「実は、この手術ができる者が、

異動してしまいまして・・・」

 

「はい~っ?」

 

「紹介状を書きますので、

〇〇病院へ行っていただけませんか?」

 

「え~~~っ!?」

 

・・・ということで、

会計まで全て、車椅子に座ったままで終わらせ、

 

「絶対に、タクシーで行って下さい。」

と再三、注意されたのにもかかわらず、

 

(どうせここから10分ぐらいの場所だ)

と、また自分で運転して次の病院へ向かった私でした。

 

(昨今、病気の人が意識を失い、

重大な事故を起こすニュースを良く耳にしますので、

いまの私なら、タクシーで移動すると思います。)

 

 

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 別居中の夫と同じ病院に入院!

 

 

次に向かった病院で、

「即日入院。即日手術」

となりました。

 

 

3つ目の病院に到着した頃には、

お昼頃になっていたのですが、

 

すぐに

 

胴体にメスを入れられ、

そこから太い管をつなげられ、

呼吸のための器具を取り付けられました。

 

それで呼吸がずいぶん楽になったことを

覚えています。

 

 

そして、

入院した当日の夕方に

手術することになりました。

 

 

困ったのは、娘たちのこと。

 

 

当時、長女が中学3年生。

次女が小学6年生。

 

中学校と小学校の2つの卒業式直前でした。

 

加えて、卒業式が近いため、

次女は給食ではなく、毎日「お弁当持参」でした。

 

(お弁当が作れないじゃん・・・)

 

 

しかも偶然、

 

同じ病院の違う階に、

別居中の夫が入院していたのです。

 

糖尿病で!

 

(当時はまだ籍を抜いていませんでした。)

 

 

 

両親揃って、同じ病院に入院・・・(;´Д`)

 

子供たちだけで、生活するしかありません。

 

当時の娘たちの不安な心境を想像すると、

今でも心が痛みます。

 

(次女のお弁当は、クラスの子や先生が分けてくれて、

何とかなったようです。)

 

 

 

困ったのは、手術の同意書です。

 

 

頼みの綱の妹は、名古屋へ出張中。

子供たちは当時、未成年だったためNG。

 

ところが!

 

鴨ネギ!

 

いえ、

なんという不幸中の幸い♪

 

 

そう言えば、

 

「同意書を書ける立場の身内が

ちょうど院内にいた!」

 

ではありませんか!

 

 

「先生。同意書ですが、私の身内は

すぐに来られる者がひとりもいなくって・・・。

娘たちも未成年ですし。」

 

「そうですか。

 

「ところがですね、先生。

実は偶然、夫がこの病院の上の階に

入院していまして・・・。」

 

「え?」

 

「夫とはいま、別居中なんですが、

籍は抜いていません。」

 

「?」

 

「籍は抜いてないので、戸籍上は正式な夫です。」

 

「・・・。」

 

「夫なんだから、間違いなく“身内”ですよね!?」

 

「まあ、サインしていただけるなら、

それで大丈夫ですが・・・。」

 

 

・・・という事で、

 

お医者さまに事情説明して、

長女に夫の病室に行き来してもらい、

同意書にサインしてもらいました(笑)

 

 

さすがに夫も、緊急事態には

断り切れなかったようでした(;^ω^)

 

 

 

 

 手術の傷あと、どこだっけ?

 

手術は全身麻酔で、内視鏡手術を行いました。

 

 

肺の2か所に穴が開いていたそうです。

 

私の脇の下には、2つの傷口ができました。

呼吸する器具を取りつけた時の穴と、

手術の時の穴です。

 

昔は肺の手術って、

「肋骨を外して手術する。」

という、大手術のイメージがありましたが、

思ったよりも簡単な手術でホッとしました。

 

(肺に開いた穴をふさぐだけの手術だからかも

知れませんが。)

 

 

 

傷口も、

「女性だから」ということを考慮して下さって、

アンダーバストのラインに沿って

メスを入れて下さいました。

 

なので今では、傷口は全然目立ちません。

 

ときどき、

(どこだっけ?)

と思うこともあります。

 

 

 

 3日で退院できますか?

 

この時の私の心境は、

 

(入院なんて、している場合じゃない!)

 

なんせ、小学校の卒業式と

中学校の卒業式を控えている上、

長女の高校の制服を注文しなくてはならない。

 

「先生、どれくらいで退院できますか?」

 

担当の医師に質問すると、

 

「う~ん。3週間ぐらいかなぁ~。」

 

「先生!

わたし、そんなに入院していられません!

早くてどれぐらいですか?」

 

「10日かなぁ。」

 

「先生!もうひと声!」

 

・・・って、野菜を値引きしてもらうわけじゃ

ないんですが(;^ω^)

 

 

「じゃあ、必ず抜糸に来てくれるなら、

1週間。」

 

「えええーっ!それでも長いです!

じゃあ、土曜日か日曜日に

外出できませんか?

 

娘の制服をオーダーしに

行かなきゃいけないんです!」

 

 

入院&手術は水曜日。土曜日は術後3日目です。

 

結局、根負けした担当医は、

上と相談してくれて、

 

「必ず毎日傷口を消毒すること。」

「無理はしないこと。」

「忘れずに抜糸に来ること。」

 

を条件に、何と!

術後3日目の土曜日に退院させてもらいました。

 

 

そして退院の翌日の日曜日に、

街中へ出て、長女の高校の制服を

オーダーメイドしてきました。

 

傷口がチョー痛かったです。

 

 

 

 

・・・ということで、

話が長くなってしまいましたので、

つづきます。

 

引き続きお読み下さると嬉しいです♪

 

⇒ 喘息と思ったら気胸だった!(その2)生理止めれば再発しないと言われて・・・【月経随伴性気胸&胸腔内子宮内膜症】

 

 

 

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