TBSドラマ『LEADERS リーダーズ』に見た、トヨタと住友銀行の深い因縁みなさん!

3月22日(土)、23日(日)の2夜に渡って、TBS系列で放送されたドラマ、

『LEADERS リーダーズ』

って、ご覧になりましたか!?

 

私は久々にドラマを観て、滝のような感動の涙が流れました(T_T)

「人間、生まれてきたからには、何か大きな足跡を残していかなきゃならん!」

そう思いました。

 

このドラマは、トヨタ自動車創始者・豊田喜一郎氏の物語が、ほぼ実話で描かれています。

もちろん、登場人物、会社名、土地の名前など、架空の名前に置き換えられており、細部の設定なども変更されております。

でも、大筋は実話です。

今や、「世界のトヨタ」と呼ばれるトヨタ自動車。

そのトヨタがこんなにも山ほどの困難を乗り越えて、巨大企業へと発展したなんて、全然知りませんでした。

 

このドラマには、にっくき敵役が登場します。

その名も、

西国銀行!

 

戦後のデフレにより、アイチ自動車(ドラマ中のトヨタ自動車の社名)が倒産という窮地に立たされます。

その時、最後まで融資を拒絶し続けたのが西国銀行。

必死に頭を下げるアイチに対して、西国銀行の名古屋支店長は、

「機屋(はたや)に貸せても鍛冶屋(かじや)には貸せない。」

などと、アイチ自動車へ侮蔑的なセリフを吐いて追い返します。

**************************************************************

ちなみにこの場面では、「機屋(はたや)」とは繊維業を示しています。

「機織り」とか言いますよね。

「鍛冶屋(かじや)」は金属の加工を意味しています。ここでは自動車製造業を指しています。

アイチ(=トヨタ)は自動機織機を開発し、その輸出にも成功して事業拡大した会社だったので、

「繊維業だったら金は出すけど、自動車業に出す金は無い。」

という意味だったと思われます。

当時は繊維業が盛んでした。逆に「国産自動車」を作ろうなんて話は、夢物語と馬鹿にされていたそうです。

**************************************************************

西国銀行の名古屋支店長は、実に保守的で、先見の明のない考え方をしたということですね。

 

このドラマは実話に基づいておりますので、もちろんこの『西国銀行』も実在する銀行がモデルとなっています。

ドラマをご覧になったかたは、この『西国銀行』とは、一体どこの銀行なのか、すごく気になったのではないでしょうか?

 

この西国銀行とは、何と、

住友銀行

なのです。

 

スポンサードリンク


 

当時のトヨタのメインバンクは3行。

帝国銀行(後の三井銀行)、東海銀行、そしてドラマでは西国銀行という名称で描かれていた大阪銀行、後の住友銀行でした。

メインバンク3行が足並みを揃えれば、トヨタは倒産を回避できるかも知れない…そういう局面でした。

ところが協力的な他の2行とは違い、住友銀行だけは融資を拒否し続け、それどころか債権回収まで始める始末。

そして登場したのが、当時の大阪銀行(住友銀行)名古屋支店長・小川氏の吐いたセリフ。

「機屋(はたや)に貸せても鍛冶屋には貸せない。」

これ、モロに実話だったんですね(*_*;

 

当時の日本銀行・名古屋支店長の高梨氏は、トヨタの破たんが東海地方の経済的破綻にまで発展すると判断し、日銀によるトヨタへのテコ入れを断行します。

そのお陰で、都市銀行と地方銀行の計25行がトヨタ自動車への融資を決定することになり、トヨタは窮地を抜け出すことができたのです。

 

この日銀の高梨名古屋支店長。ドラマ内では、自分の首を賭けてまでアイチ自動車(=トヨタ自動車)救済を日銀総裁に強く願い出ます。

「クビを賭けた」のが、事実なのかドラマの脚色なのかは分かりませんが、トヨタがこの高梨氏に強い恩義を感じていたのは間違いないようです。

高梨氏は後に日銀理事にまで昇格したのですが、その後、日本自動車連盟の初代会長となっています。

実はこのポジション、トヨタの強い推薦があったそうです。

 

最後まで融資を拒絶したのは大阪銀行(住友銀行)ただ1行でした。これ以降トヨタは大阪銀行との取引を断絶しています。

また、取引業者の中で1社だけ、支払いの猶予を拒絶した会社がありました。

川崎製鉄です

以降、トヨタは川崎製鉄との取引も断絶しています。

 

その後比較的すぐに朝鮮戦争が勃発し、トヨタのトラックへの軍事需要が急増し、右肩上がりにトヨタは急成長します。

そして、「世界のトヨタ」への道を歩み始めるのでした。

 

一方で、トヨタは住友銀行と川崎製鉄への恨みを決して忘れませんでした。

例え社長が代替わりしようとも、トヨタは決して住友銀行と川崎製鉄との取引を認めることは許さなかったそうです。

 

また、トヨタの地元・愛知県豊田市では、協力的だった帝国銀行(→三井銀行→さくら銀行)、

融資を拒絶した住友銀行

その明暗がはっきりと分かれました。

三井銀行は豊田支店を開設するほど発展し、一方住友銀行は、「シミ友銀行」呼ばわりされ、「いざという時頼りにならない住銀」と蔑まれたのです。

 

スポンサードリンク


 

 

そしておよそ15年後。

再びトヨタと住友銀行の因縁の時が訪れます。

当時、プリンス自動車という業界6位の自動車会社が、経営危機に陥っていました。

このプリンス自動車のメインバンクが何と!住友銀行

「業界6位の自動車会社が潰れちゃかなわん。うちの銀行も大赤字だ!」と、住銀はテコ入れを始めます。

当時の住友銀行頭取・堀田庄三氏は、小川邦彦専務をプリンス自動車社長として派遣し、トヨタに『プリンス自動車との救済合併』の申し入れを行います。

このプリンス自動車社長に就任した小川氏こそが、その昔、

「機屋に貸せても鍛冶屋には貸せない。」

と言い放った、元・住銀名古屋支店長の小川氏だったのです。

そして小川氏を派遣した住友銀行の頭取・堀田氏は、トヨタ危機当時の融資担当常務。

小川氏と一緒になってトヨタへの融資を蹴った人物だったのです。

 

いや~。恥知らずですよね(;゚Д゚)

 

このとき対応したのは、トヨタ会長・石田退三氏

豊田喜一郎がトヨタ社長だった時代、石田氏は副社長として、共に融資のための帆走をしておりました。

そして小川氏と堀田氏から、あの屈辱のセリフを受けた当事者のひとりです。

 

「鍛冶屋の私どもでは不都合でしょうから」

 

そう拒絶したそうです。

当然ですよね。

 

いやー。ホント因果応報!

 「どの面下げて…」とは、この事ですよね。

(プリンス自動車はその翌年、日産自動車に吸収されたそうです。)

 

そして数十年の時が流れ…。

引き続き、因果は巡るのです。
住友銀行さくら銀行(元・三井銀行)と合併し三井住友銀行となりました。

これによってトヨタは非常に不本意ながらも、住友銀行との関係が復活することになってしまいました。

 

また、川崎製鉄は日本鋼管と合併しJFEとなりました。

日本鋼管と取引していたトヨタは、これにより川崎製鉄との関係復活も余儀なくされることとなりました。

 

余談ですが、トヨタの現社長・豊田章男氏のお母様は、三井財閥一族で、元・三井銀行取締役の三女とのこと。

 

う~ん。

トヨタ、三井、住友…。

この裏事情でもう何本かドラマが作れそうですね。

このページとよく似たページ:

LINEで送る
[`evernote` not found]